【エピソード7】金メダルを獲った、その先にある壁は自分だった。そして今、越えていく。

【エピソード7】金メダルを獲った、その先にある壁は自分だった。そして今、越えていく。

2024年夏にパリで開催されるオリンピック・パラリンピック。東京2020大会で金メダルを獲得した木村敬一選手には、当然のように周囲から金メダルへの期待が寄せられている。しかし、本人には、連覇以上に目指しているものがある。それは“フォーム改善”だ。
これまで独学でマスターした泳ぎで金メダルまで獲った彼が、競技人生初のフォーム改善に挑戦している。

パリまでに間に合うか分からない
それでも挑戦する初めてのフォーム改善

木村敬一選手:これまでは金メダルが獲れさえすれば、どんな泳ぎでも良かったんです。技術的なところにはほとんど手を付けず、フィジカル面でほかの選手を上回っていればとりあえず負けない、という戦い方をしていました。そして金メダルが獲得できて、ここからさらにパフォーマンスを上げるとなると、いよいよフィジカルな面も頭打ちということで、技術的な部分、例えばフォーム改善を行っていくことが必要だと思ったんです。フォーム改善自体は大変だろうし、パリ(2024パラリンピック)大会に間に合うかどうかもわからない。上手くいくか分からない。けれど、この先どんなことがあっても、僕が金メダルを獲得したという事実、実績がなくなってしまうことはないですよね。その自信がフォーム改善に挑む気持ちを後押ししてくれたと思います。でも、挑戦ですね!
あと、生まれつき目が見えない、つまり「見様見真似」ができないハンデはどこまで克服できるのかにも関心があったんです。僕がもし、見えている人のようなバタフライに近づくことができたら、見えない人たちの行動やスポーツを進歩させられるのかなって。
もちろん、金メダルを獲得したという心の余裕があるからできる挑戦だとは思います。

フォーム改善のパートナーは
五輪銅メダリストの星奈津美さん

プールサイドを歩きながら木村選手の泳ぎを観察する星さん

25m泳ぐごとに一旦止まって泳ぎの確認をする。この日は3時間ほどこれを繰り返した。
フォームを改善するにあたって、バタフライでロンドン、リオと2大会連続銅メダルを獲得した星奈津美さんにコーチを依頼した木村敬一選手。

フォーム改善を取り組むにあたり、星奈津美さんにコーチを依頼した経緯、取り組みについて木村敬一選手にお聞きしてみた。
また、星奈津美さんにも木村敬一選手についてお聞きしてみた。

星さん:オリパラの選手同士は交流が少ないけれど、木村君とは偶然同じイベントに出席したことをキッカケに、話したり連絡したりするようになっていたんです。今回のコーチ依頼の話には驚きました。誰かコーチを紹介してほしいという相談かと思ったら、私への依頼だったので、「えー!?」という感じで(笑)。
最初は月1~2回ほどプールでの練習に参加し、フォーム改善の糸口を探すことから始めました。とはいえ、金メダリストのフォーム改善なので二つ返事で引き受けたわけではなかったんです。私自身、リオの1年前からフォームを変えようとして、結果的に100%は変えきれなかったという経験があり、フォームを変えるということがどれだけ難しいかを身をもって理解していたからです。
でも今の木村君は、どんどん進化していて、当初のゴールである『100%のフォーム改善』を越えて、さらにその先まで進もうとしています。

木村敬一選手:僕はフォームを改善したいけど具体的にこういうふうにしたいというのはなかったです。ただ、あまりにもやれることが多そうだという話だったんですよね。実際、星さんにお願いしてからは、迷いとかもなくフォーム改善に取り組めています。ただ、まだタイムとして良い結果が出ているわけではないので、手ごたえがあるかというと難しいのが現状ですね。あと、設定しているゴールも僕の進歩に合わせてちょっとずつ遠くなっているんで、進んでいる感覚もなくて(苦笑)。
でも、これまで無理をして強い力を出していたところを、無理のない範囲で動かせるようになってきたようです。それが見た目には“滑らかさ”になっているかもしれません。

オリンピックメダリストの視点が自信を深めてくれた

隆々たる腕で水をかいていく木村選手はまるでコンドルのよう

星コーチと話しながら泳ぎを詰めていく木村選手。静かに聞き、自分に落とし込んでいく

星さん:木村君の泳ぎは驚きの連続です。コーチングを始めたとき、伸びしろがあると感じると同時に、彼は人が泳いでいるところを見たことがなく、見様見真似ができないのに・・・
水中映像を見て「こんなに普通にバタフライ泳いでるんだ」と驚きました。バタフライは水泳の中では、健常の人でも習得できず諦めてしまう人がいるほど難しい泳法です。まずそれを習得したというところが凄いなと。
あと、こんなこともありました。手の動きの説明をしていたときです。視覚障害がある方は「手をまっすぐに」と言っても、多少左右にずれてしまうことがあるそうですが、木村君は最初からできていたんです。バランス感覚がいいなぁと思います。

木村敬一選手:星さんがおっしゃっているエピソードは、たまたまだと思いますけどね(笑)。このとき以外は、まっすぐと思っていたものがそうでなくて、ずれてしまっていた経験もありますから。

感覚を言語化して伝え合い、最適なものを一緒に探していく

星さん:木村君に泳ぎを伝えるとき、水中に一緒に入って身体を触ってもらったりすることもありますが、木村君へのコーチングではとにかく感覚を言語化することを頑張っています。自分の語彙力に愕然とすることもありますが(苦笑)。
やり続けていくうちに、自分の引き出しも増えているように感じますね。
現役時代よりバタフライに詳しいと思いますし、よく考えるようになっています。

木村敬一選手:相手がどんなに語彙力に長けていても、お互いの言語感が一致してこないと、理解するのは難しいです。
それに、僕も上手くいった時と上手くいかなかった時を言葉で言い表せないと、教えてもらったことへのフィードバックができないですよね。
言われたことを的確に受け取るためにも言葉の守備範囲を広くしないとだめだと思うんです。
星さんも僕も手探りですが、練習の中でそうしたことを積み上げていっています。
だからこそ指導してもらっているというよりは、“最適なものを一緒に探していってくれている”という感じなんだと思います。
師弟関係ではなく、パートナーとして、分からないところなども遠慮なく話しています。

パリ2024パラリンピック大会出場、そしてその先の未来へ

2024年3月9日(土)、10日(日)にパリ2024パラリンピックの選考会が行われ、木村敬一選手は見事パリ大会行きのチケットを手に入れた。
木村敬一選手がどこまで進化するのか?それはレース当日まで誰にも分からない。
しかし、彼のフォーム改善を見守る多くの人々が、彼の進化を期待している。
屈強なフィジカルで金メダルを獲得した木村敬一選手が、五輪メダリストによる本格的な指導で技術まで手に入れたら……
周囲が期待してしまうのも無理はない。
本人は笑いながら「メダルよりもフォーム改善ですよ」と話すが、世界のトップスイマーが結果を求めないはずもないだろう。
普段は温和で、自ら平和主義だと語る木村敬一選手。
彼のチャレンジは2024パリ大会からその先へ・・・
木村敬一選手の挑戦を今後も注目していきたい。

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