2026.02.12

世界を驚かせた、
未知のLNG導入。

ポーラ・アラスカ号

時は高度成長期。豊かなくらしが日本全国に広がっていく一方、急激な経済成長と引き換えに全国的に発生していたのが公害問題だった。そこで東京ガスは、先見性を持って次世代のクリーンなエネルギー源を探しはじめる。当時、世界でも類を見なかった商業規模のLNG導入など多様な局面を乗り越えたプロジェクトの全貌を明かしていこう。

01 日本のエネルギー源に革命を。公害をきっかけに、未踏の領域に挑め。

(写真)東京都環境局ウェブサイト、写真集 記録 「東京の公害」、「昭和46(1971)年 『東京の公害』写真コンクール作品」

くらしも産業も大きく変化を遂げて都市ガス需要が急増する中、日本は深刻な大気汚染問題に悩まされていた。やがて公害は社会を揺るがす問題へと発展し、環境保全と改善はもはや喫緊の国家課題となった。エネルギー源も単なる消費から脱却し、環境負荷の少ない次世代のクリーンエネルギー源が求められるようになる。この未曾有の状況下、東京ガスが注目したのが、大気汚染対策の一翼を担うと期待された天然ガスだ。クリーンエネルギーであることに加えて、世界各地に埋蔵量があるため、安定的な供給が見込める点も魅力だった。しかし、天然ガスは気体だ。一体どうやって運ぶのか。冷却して液化すれば、体積が小さくなるので大量輸送が可能とわかってはいても当時、世界では商業的規模での輸送や冷却技術はまだ確立されていなかった。さらに、日本には液化した天然ガスがなく、安全性に確信が持てない状況。そうした中、まずは液化する実験から始めたLNG導入はまさに覚悟を持って挑んだ試みであった。天然ガスは、新たな主要エネルギーになり得る。そんな一縷の希望を胸に挑む社運を懸けた大事業、それがLNG輸入プロジェクトであった。

02 時代の幕を開ける、LNGのパイオニアになれ。

LNG貯蔵タンクの建設が進む根岸工場

時同じくして、米国の石油生産会社からLNGの受け入れ打診がなされる。この一報を受けて翌年、当時東京ガス副社長であった安西は、英国とフランスのLNG使用の実態を調査するため、外遊。1959年には、世界初のLNG実験船であるメタン・パイオニア号が米国、英国間のLNG海上輸送に成功したという一報を受ける。ついにプロジェクトに一筋の光が差し込んだのだ。このニュースを聞きつけた安西は即座に英国ガス公社からの情報収集を試みて、本格的にLNG導入に向けて動き出す。そしてメタン・パイオニア号の成功からわずか一年後の1960年、東京ガスはLNG導入の正式な意思決定を下す。しかし、次に立ちはだかったのは、前例のない設備投資などのコスト面だった。そこで、多くの米国の天然ガス生産会社によるLNG供給提案の中から、二社の提案を一本化。ジョイントベンチャーによる計画を推進した。だが一方で、この時点において確立されたLNGの輸送方法はない。難局を乗り越えるため、東京ガスは欧米におけるLNG実用化と輸入についての調査を進めながら、未知なる技術領域へと果敢に足を踏み入れていった。こうしてマイナス162℃に耐える貯蔵タンク、LNGを気体に戻す気化器を導入するなど最先端技術を結集していったのである。

03 フロンティア精神で共創する。クリーンエネルギーの時代へ。

このようにしてLNGの本格導入が決定したものの、かつてない規模の設備投資とLNGの単価の高さは大きな課題であった。この難関を一社で乗り越えることは、困難を極めた。そこで社長の安西は、まだLNG火力のない東京電力株式会社(現、JERA)に共同調達を提案。社長である木川田氏に面会し、何度も協議した結果、ついに67年にアラスカ産LNGの長期契約を締結した。さらに、大きな足かせになっていたLNGの輸入関税の免除に関しても、関係官庁に要請。理解を得るのに骨を折りつつも、ようやく認可が降りる。また、設備投資やLNG単価などを鑑みたコストの効率化と未知のエネルギー源の安全性確保という課題に対しては二社の叡智と技術力を集結し、運用を決定。事業化調査や輸入代行業務においては、三菱商事の協力を仰いだ。その後、延べ23万人を動員して、当時としては世界最大のLNG基地である根岸工場を建設。1969年11月には、ポーラ・アラスカ号が根岸工場に着桟した。その後、袖ケ浦にも工場を建設し、根岸工場との二大拠点として盤石な安定供給体制を整備。こうして本格的なクリーンエネルギー時代の幕開けは告げられた。環境性に優れたLNGの導入は、世界的に見ても本格的なLNG時代の開始を告げる、まさに歴史的な出来事であった。

アラスカLNG長期売買契約調印式

まとめ

次世代のクリーンエネルギー源としてLNG導入を構想しはじめる最中、日本では高度経済成長の陰で環境問題が深刻化する。そんな中、まだ天然ガスは輸送技術やコストをはじめて山ほどの難点があったが、世界初のLNG海上輸送成功を追い風に導入を英断。つづいて政府への働きかけ、そして社員一丸となって完成した世界でも類を見ない基地建設など数々の難関を乗り越え、ついに日本初のLNG導入を成功に導く。この偉業は世界のクリーンエネルギー時代を切り拓く、歴史的な一歩となった。

この記事の後編を読む

記事を共有する

  • facebook
  • X
  • Line
  • copy

東京ガスグループは
「未来を つむぐ エネルギー」
となる
さまざまな取り組みを
おこなっています。

記事一覧へ戻る
ページトップへ