東京ガストピックス

今日は何の日◆別名「けんか橋」?東京と神奈川を結ぶ「ガス橋」とは

2021年6月15日

現在のガス橋

多摩川にある東京都大田区下丸子と神奈川県川崎市中原区上平間の間に架かる「ガス橋」という橋をご存知ですか?
 
1929年(昭和4年)に東京ガスの神奈川の工場から東京へガスを送るために、「ガス管専用橋」として架けられました。
 
その後、今から61年前、1960年(昭和35年)6月15日に、「ガス橋」は幅員が拡幅され、車も通る近代的な橋梁に架け替えられました。

ガス橋とは?「けんか橋」の別名を持つその歴史

多摩川に架かる「ガス橋」は、1929年(昭和4年)、東京ガスの神奈川の工場から東京へガスを送るために、東京都大田区・神奈川県川崎市の間で架設されました。
 
当初はエネルギーの供給という機能のみの「ガス導管専用橋」として計画されていたものの、両岸の地域住民により一般の人も渡れるようにしたいと要望があがり、点検用の仮橋を人が往来できるよう1メートルの幅を持たせる計画に変更し、1931年(昭和6年)9月に瓦斯人道橋となりました。
 
昭和はじめの大田区下丸子付近には、白洋舎、日本精工、三菱精機などの工場ができ、川崎に住む工場で働く人々にとっては、それまで多摩川を渡るには下流の六郷橋か上流の丸子橋の他は船で渡るしかなく、「ガス橋」は大変便利な橋として重宝されました。
 
一方、もともと人が渡ることを想定して計画されたものではなかったため、最低限の幅しか設けていなかったにも関わらず自転車で渡る人やリヤカーを引いて渡る人などもおり、たびたび争いが起こっては近くの店の店主が仲裁に入ることもあったそうです。「けんか橋」の別名もありました。
 
1950年代になると多摩川をはさんで大工場が続いて建設され、ますます増大してきた交通需要にこたえるため、車の通行が可能な新たな「ガス橋」に架け替えることが計画されました。

建て替える前のガス橋風景(1953年(昭和28年))
写真内のガス管がある方が下流側になり、写真手前が川崎市平間になります。
当時は歩道の幅が1メートル程度しかなく、すれ違いの際など通行の優先をめぐってたびたび争いがあったため、「けんか橋」の別名がありました。
(写真:東京ガスガスミュージアム所蔵)

生まれ変わった「ガス橋」

ガス橋開通渡り初め 1960年(昭和35年)6月15日の開通式では、建設関係者や地元住民により賑やかに渡り初めが行われました。 (写真提供:大田区)

東京瓦斯株式会社機関紙「がす」内の記事 1960年(昭和35年)6月25日発行

「ガス橋」の新設工事は1957年(昭和32年)11月にはじまり、日本では最初の本格的な鋼床版箱桁橋となりました。工事期間中には2度の台風の到来がありましたが、工程にはさほど影響を受けることなく、1960年(昭和35年)6月に完工しました。

「ガス橋」は幅12メートル、橋長388メートルの大きな橋に生まれ変わり、今でも神奈川と東京都を結ぶ重要な交通路として活躍しています。
橋の下部にはガス管が通されており、東京ガスのパイプラインの動脈となっています。
 

現在のガス橋の様子

空から見る「ガス橋」

1948年2月の空撮  画面中央に見えるのがガス橋です。 画面右の東京都側には、多摩川に沿って多数の工場が立ち並んでいることが確認できます。(写真提供:国土地理院 )

2019年11月の空撮  1948年の空撮写真と比べると、幅も広く近代的な橋に生まれ変わったことがわかります。(写真提供:国土地理院 )

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