東京ガスが挑む、
未踏の「浮体式洋上風力」社会実装への道
再生可能エネルギーの話題で、「洋上風力発電」という言葉を耳にする機会が増えたと感じている方も多いのではないでしょうか。海の上に設置した巨大な風車で風を捉え、その回転する力で電気をつくるこの仕組みは、四方を豊かな海に囲まれた島国・日本にとって、大きな可能性を秘めた、まさに未来のエネルギーです。
140年にわたり日本のエネルギー供給を担ってきた東京ガスは今、日本の洋上風力発電の社会実装に向け、単なる発電所の建設にとどまらない、より困難で、しかし不可欠な課題解決に挑戦しています。 本記事では、その挑戦の歩みと目指す姿を紹介します。
洋上風力発電が拓く、カーボンニュートラルへの道
「カーボンニュートラル実現に向けて、洋上風力発電はもはや『切り札』というより、なくてはならない『マスト』な存在。これなくしてカーボンニュートラルへの道は拓けないと、私たちは信じています」
そう語るのは、東京ガス 洋上風力開発部の永井。この挑戦の最前線にリーダーとして立つ人物の一人です。
日本がカーボンニュートラルを実現していくためには、再生可能エネルギーを単に増やすだけでなく、安定的かつ大規模に導入できる電源を確保することが不可欠です。
海では強く安定した風を得られ、発電量の安定性が高いことに加え、発電所の大型化も可能。洋上風力発電は、再生可能エネルギーの「主電源」として社会に実装していくうえで、大きなポテンシャルを秘めています。
さらに、洋上風力発電は、日本のエネルギー安全保障の観点からも重要な意味を持っています。
「日本のエネルギーは化石燃料の輸入に大きく依存しています。特に原油の輸入は中東への依存度が高く、国際情勢によって供給を左右されるリスクにさらされています。自国でまかなえる『国産エネルギー』を増やすことは、エネルギー安全保障の観点からもきわめて重要なのです」(永井)
こうした背景のもと、注目されているのが、「浮体式洋上風力発電(以下、「浮体式」)」です。洋上風力発電には、基礎を海底に固定する「着床式」と、海面に浮かべる「浮体式」の2つの方式があります。
日本の地理特性に合わせた、「浮体式」という選択肢
洋上風力発電が先行する欧州は遠浅な海が広がり、海底に基礎を固定する「着床式」が主流です。しかし、日本の周辺海域は沿岸から少し離れると急激に深くなるため、「着床式」の設置に適したエリアは少ないのです。
だからこそ、日本の海には「浮体式」の選択が、鍵となります。
「日本の海の領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積は約447万平方km、世界第6位の広さを誇ります。洋上風力発電に関われば関わるほど、わが国の抱えるエネルギー問題にとって、この広さが大きな希望であることを実感します」(永井)
浮体式の難関、サプライチェーン構築に挑む
では、日本中の海に浮体式の洋上風力発電所を建設すれば良い、と思うかもしれません。しかし、社会実装には大きな課題があります。それが、サプライチェーンの構築です。
浮体式の洋上風力発電所を1基動かすには、さまざまなステークホルダーの力が必要です。風車メーカー、鉄鋼メーカー、造船会社、建設会社、完成後に発電所を保守管理する事業者、など。
「これまで大規模な浮体式の建設は例がありません。大型の構造物を短期間に大量に建てるためには、発電事業者だけでなく、製造を担うサプライチェーンにも相当な計画や設備投資が必要です。その基盤が、日本はもちろん世界的にもまだ十分構築されている状況とは言えません」(永井)
今、日本では2029年頃に大規模な浮体式の商用プロジェクトの立ち上げが見込まれています。しかし、現状の事業環境のままでは、十分な供給量の確保と、国際競争力のある品質・コストを両立させた体制を構築できないおそれがあるのです。
そして、サプライチェーンの構築を難しくしている背景には、関係者それぞれが抱える課題があると、東京ガスは考えます。
- 国・自治体……前例がないため、具体的な事業内容、技術、リスクやコスト感が見えず、案件形成を進めにくい。
- 発電事業者……案件形成が進まなければ、開発費を回収できないリスクを恐れて、事業開発にリソースを多く割けない。加えて、サプライヤーがまだ十分な設備投資をしていないため確かな事業計画、発電所の設備仕様、コスト・工程を明確に示すことができない。
- サプライヤー……案件形成の可能性と発電所の設備仕様が見えないため、具体的な設備投資計画が立てられず、投資に踏み切れない。
東京ガスは、このサイクルそのものを変えなければ、浮体式事業は前に進まないと考え、早い段階でリスクを取り、リソースを割いています。実案件を想定した設計を早い段階で用い、サプライヤーと一緒になって量産性やコストなどを具体的に検討するという、アプローチです。
「いつまでに、どんなものを、どのように、いくつ、いくらで、つくるのか」。こうした話を机上ではなく、実務ベースで詰めていく。その検討結果を可能な範囲で関係者にも提示し、案件形成に向けた議論を加速させていく。その積み重ねが、社会実装への近道だと考えています。
「自立した電源」と、「日本の新しい産業」を目指して
日本に浮体式の新しい産業とサプライチェーンが生まれる。そこから技術開発や習熟が進むことでコストは自ずと下がり、将来、浮体式は「自立した電源」となっていくはずです。
東京ガスが見据えるのは、自社のお客さま向けに発電するだけの存在ではありません。それは、日本の浮体式におけるサプライチェーンをいち早く構築し、この分野を他国に先駆けて国際競争力のある「新しい産業」へと育て上げ、経済合理性とエネルギー安全保障を同時に追求する。それらすべてを「橋渡し」するメインプレイヤーとなる未来です。
「今後、日本での浮体式の案件を増やし、サプライチェーンを形成していくためにも、まずは一つ国内で大きな発電所をきちんと仕上げ、『東京ガスは安心・安全・信頼』できるという姿を示したいですね」(永井)
世界の技術を日本でも。PPI社とのパートナーシップ
サプライチェーンの構築のほか、並行して取り組んでいるのが、浮体式の技術を確立することです。
東京ガスは、浮体式で世界をリードする米国のプリンシプル・パワー(PPI)社に出資しています。PPI社の浮体式における基礎技術が日本の厳しい気象・海象に適合するように実海域の条件で基本設計を行い、水槽試験※などの検証を進めています。
PPI社は、風車の揺れを抑える特許技術を持っており、この技術により発電量が増えるだけでなく、浮体の基礎部分に使用する鋼材の量も減らせるため、発電コストを大きく下げることが可能です。
そして何より、この技術は欧州で稼働している大型風車を搭載した準商用の浮体式洋上風力発電所において、すでに複数採用されています。長年にわたり安定して運転されており、世界でも有数の「証明された技術」と言えます。
永井は「こうした『安価』で『証明済み』の技術を日本の法令・基準や海域条件に適合させていくことが、浮体式を社会実装するための最短ルートだ」と話します。
※水槽試験
2026年1月に東京・昭島で実施。商用化を想定した大型浮体基礎の縮尺模型を製作し、実際の海域の風・波・潮流条件を模擬した環境下で、検証を進めました。
140年の信頼を土台に、東京ガスが洋上風力発電で拓く未来
東京ガスは1885年の創業以来、都市ガス網の整備、そして日本で初めてとなるLNG(液化天然ガス)の輸入と、時代ごとに最適かつ新しいエネルギーの供給網をゼロから築き上げてきました。今、この挑戦の歴史に新たに洋上風力発電が加わろうとしています。
そして、この挑戦を現場で動かしているのが、社内外から多様な才能が集結した洋上風力開発部です。造船のエキスパート、電力の専門家、再エネデベロッパー出身者、そして長年東京ガスのインフラを支えてきた社員。これまで交わることのなかった多彩な経歴や高い専門性が、一つのテーブルで活発に議論を交わしています。
「私が東京ガスに転職した理由は、ひとえに『日本の洋上風力産業を正しい方向にドライブさせたかったから』です。私たちの部署には、多様なバックグラウンドを持ちながらも、同じ志を共有するメンバーが集まっています。そして、互いの違いを当たり前のように受け入れる、自由でオープンな風土が根づいているんです。これから事業が次のステージへと進むにつれて、道のりはさらに険しくなっていくでしょう。それでも、『このチーム、このメンバーとなら必ず乗り越えていける』。洋上風力発電にかける情熱と同じくらい強い思いで、私はそう確信しています」(永井)
日本の海を舞台にしたこの挑戦が、次の時代のエネルギーにつながっていく。その可能性を信じ、東京ガスは歩みを進めています。




