2026.11.05

不動産業界が抱える「脱炭素」の隠された課題とは? 2つのソリューションで解決したIGNITUREの舞台裏

「切り替えるという発想自体が、ありませんでした」
ビルの維持管理コストや、年々厳しくなる脱炭素への対応に頭を悩ませていた不動産業界のESG担当者から、東京ガスの担当者が何度も聞いた言葉です。これまで環境データの報告を支援してきたお客さまへ、設備運用の課題にも応える新たな提案を届ける。その背景には、ビルの脱炭素化を、「報告」と「運用」の両面から支えたいという思いがありました。
日本のCO2排出量のうち、オフィスビルや商業施設などの「業務その他部門」が占める割合は約17%。カーボンニュートラルの実現に向けて、ビルの脱炭素化は避けて通れないテーマです。しかし、ビルを所有・運用する現場に目を向けると、環境データを集めて報告する業務の負担や、建物の設備の管理コストなど、脱炭素を進めるうえでの悩みが積み重なっています。

こうした複合的な課題に応えるため、東京ガスグループが2023年11月に立ち上げたのが、ソリューションブランド「IGNITURE」です。「脱炭素・最適化・レジリエンス」を価値に掲げ、お客さまを取り巻く環境の変化や現場の状況から課題を捉え、必要なソリューションを組み合わせながら、計画から実行まで一貫して行うことで、お客さまの複雑な課題を解決しています。その実現に欠かせないのが、部門を越えた連携でした。

不動産業界の環境データ集計を効率化する「サステナブルスター」と、ビルの頭脳である「中央監視システム(BAS)」。
別々に生まれた2つのソリューションは、どのように繋がり、お客さまにどんな価値をもたらしたのか。ソリューション事業推進部でサステナブルスターを担当する松田と、BASを担当する森田に聞きました。

不動産企業のESG担当者の業務を圧迫する、膨大な「報告」作業

ビルの脱炭素化を進めるうえで、ESG担当者が向き合わなければならない仕事は多岐にわたりますが、その中でも代表的なものが大きく2つあります。1つ目は、エネルギーの使用量やCO2排出量を行政や投資家に向けて「報告」すること。2つ目は、排出量の大半を占める空調や照明などの設備を効率よく「運用」し、使うエネルギーそのものを減らしていくことです。

このうち1つ目の「報告」の面では、ビルを保有・運用するディベロッパーやREIT(不動産投資信託)などの事業者には、省エネ法に基づく報告に加え、投資家が重視するESGへの取り組みを評価する「GRESB(グレスビー)」への対応などが求められています。しかも、そのデータの収集・集計・報告作業は毎年4月から7月頃までの短い期間に集中するのです。

ソリューション事業推進部 サステナブルソリューショングループ 松田

「サステナビリティの専門部署がある会社は、お客さま全体の2割ほどです。大半は、投資家対応を担うIR部署等、他部署との兼務をしながらESG報告をされています。少ない人数で、限られた期間に対応しなければならず、負荷が非常に高いんです」(松田)

電気やガスの請求書に記載された使用量を、物件ごとに収集・集計していく。保有物件が数百棟、ときに1,000棟を超える会社でも、その作業は変わりません。

「サステナビリティのための業務なのに、担当する方々がサステナブルではなくなってしまう。本質的なサステナビリティ推進業務に注力できないくらい業務を圧迫している。これは業界共通の課題だと考えています」(松田)

お客さまの声から生まれた、サステナブルスター

この負担を軽くするために生まれたのが、不動産・REIT業界向けのESG経営支援クラウド「サステナブルスター」です。最新の各種ESG報告(GRESB、改正省エネ法・温対法・自治体環境条例、GHGプロトコル等)のデータ収集~集計~レポーティングをクラウド上でワンストップで対応可能で、導入企業のESG業務を抜本的に効率化できるサービスです。

出発点は、お客さまのリアルな声でした。東京ガスが新規事業を模索し、さまざまなアイデアを試していた時期のことです。

当初、担当者たちは、ビルや施設の設備管理を受託するサービスが不動産業界に合うのではないかと考え、ヒアリングを重ねていました。しかし、そのアイデアはあまり響きませんでした。代わりに見えてきたのが、ESG報告をめぐる悩みの大きさです。それなら、まずこの悩みを解決するものをつくろう。そう方向を切り替えたことが、始まりでした。

「お客さまからは『とにかく報告業務の量がとてつもなく多い。世の中に類似のサービスはあるけれど、不動産業界の実態に即した入力画面や集計内容ではなく使いづらい。また、それぞれ特定の報告にしか対応しておらず、一つでは済まない。東京ガスで、不動産業界向けに全部まとめてできるものをつくれないか』という切実な声をいただいたそうです。自社の強みからではなく、お客さまの困りごとから生まれたサービスです」(松田)

検討開始からおよそ1年後の2022年9月、サービスの提供が始まります。新規事業を担うソリューション共創本部には、完成度を高めてから世に出すのではなく、まず市場にリリースし、お客さまの声を聞きながら進化していく、ベンチャーのようなスピード感が根づいています。

松田が入社したのは、サービス開始の1年後。当時はまだ、お客さまの期待値に対して機能が十分にそろっているとはいえない状態でした。

「当初はお客さまから『こんなことはできないか』というご要望に対し、その場ではまだ対応できないこともありました。ただ、それで終わらないんです。プロダクトを自社開発しているので、すぐ近くに開発のリーダーがいる。だからこそ、お客さまの課題を伝えると『すぐにやろう』となり、お客さまの声をどんどん反映できました。大企業でありながらベンチャーのようにお客さまの声に即応できるスピード感が、この事業のよいところだと感じています」(松田)

現在、サステナブルスターは「GRESB対応ESG経営支援サービス」市場シェアで3年連続No.1を獲得。導入企業は67社にのぼり、保有物件が5棟の企業から、1,000棟を超える大手ディベロッパー企業まで幅広く使われています。

サステナブルスターが実現するCO2排出量の見える化は、ゴールではなく出発点です。排出量が把握できたら、次は「どう減らすか」「設備をどう運用・更新するか」という課題が見えてきます。IGNITUREでは、こうした課題の変化に応じて、必要な解決策へつなげていくことができます。

「見える化はA社、その先の削減はB社と、パートナーが分かれてしまうことも多いと思います。しかし、『IGNITURE』なら、排出量の見える化の先まで一気通貫でお任せいただける。そこを評価いただいています」(松田)

ブラックボックスを開く、中央監視システムのオープン化

ビルの脱炭素化には、排出量を「報告」するだけでなく、実際にエネルギーを使う設備そのものを効率よく「運用」し、更新していくことが欠かせません。

その要となるのが、空調や照明、換気設備などの動きを一元的に監視・制御する「中央監視システム(BAS)」です。ビルの設備をどう動かすかを司る、いわば建物の“頭脳”のような存在です。

ところが、この領域には松田たちが挑む報告業務とは別の大きな悩みがありました。国内の中央監視システムでは、特定の大手ベンダーによるシステムが広く導入されています。

ソリューション事業推進部 エッジ&クラウド事業グループ 森田

「ビルの中央監視システムの領域は、ベンダーが設計から保守更新まで面倒を見てくれる安心感がある一方で、お客さま側もシステムを任せきりにしてきた背景があります。昨今の急激な人件費や機器費用の高騰により更新費用が大きく跳ね上がっていますが、長年一社に任せてきた経緯から他社に乗り換えるなどの選択肢が取りづらく、提示された価格で更新せざるを得ない状況が生まれています」(森田)

特定のベンダーに依存し、他社へ切り替えられなくなる。いわゆる「ベンダーロックイン」です。システムの中身がベンダーごとに閉じているため、他社機器の接続が困難であったりちょっとした画面の変更や監視ポイントの追加といった「小さなカスタマイズ」にも、多額の費用がかかります。

森田たちが提案するのは、この閉ざされた構造を打破する「オープン型」のシステムです。中核となるのが、ビル向けの中央監視ソフトウェア「JoyWatcherSuiteBA」。東京ガスが2022年に事業を譲り受けた監視制御ソフトウェアJoyシリーズのビル向け製品で、これに特定のベンダーに依存しない汎用の制御機器を組み合わせて、柔軟なシステム構成と更新・運用コストの最適化を目指します。

ビルの中央監視システムを現地調査している様子(森田提供)

もっとも、ここに至るまでには試行錯誤がありました。東京ガスがJoyシリーズを譲り受けた2022年当初は、ソフトウェアとして販売しようとしていたものの、ビル向けにはなかなか導入が進みませんでした。

「製造業のお客さまは、工場ごとに条件が異なり、比較的一品一様で作り込む文化があります。一方、ビルのお客さまの場合は、ベンダーがシステム全体を構築・納入する形が一般的です。ソフトのご提案だけでは、お使いいただくことはできません」(森田)

そこで、ソフト単体での販売にとどまらず、まずは自社でシステム構築まで手がけることに挑戦します。東京ガスグループでもつ地域冷暖房施設を構築した経験から、「このモデルは他でも展開できる」と確かな手ごたえを掴みました。事業を本格的に拡大するため、「トラストエンジ」という計装会社を子会社化し、システムの設計構築から納入、保守までをワンストップに担える体制を整えます。それは同時に、大手ベンダーと同じ土俵に立つということでもあります。体制が整いきっていないなか、森田たちがまず手をつけたのは、狙うべき市場の絞り込みでした。

「大手ベンダーが注力する大規模案件の裏側で、中規模ビルのお客さまはコスト高騰と選択肢の欠如という課題に直面していました。この領域にこそ、私たちの強みを活かした『納得感のある選択肢』を届けようと考えました」(森田)

しかし、肝心の中規模ビルの領域はオーナーとの接点が限られており、提案先をどう見つけるか、BASチームは模索を続けていました。

「当たり前」になっていた課題を解決した部門連携

不動産業界の企業にとって、ここまで見てきた「報告」と「運用」の課題は、それぞれ別の相手に相談し、別々に解決するしかないものでした。

しかし、お客さまが目指しているのは、ビルの脱炭素化という「一つのゴール」です。東京ガスグループは「IGNITURE」のもと、グループ内の多様なソリューションと部門をつなぎ、その一つのゴールに向けて一気通貫で伴走しようとしています。

もっとも、部門をまたいで別のソリューションをお客さまに提案するのは、言葉にするほど簡単ではありません。実際にはうまくいかないことのほうが多かったと、森田は振り返ります。

「それぞれの事業でターゲットや営業活動が異なるため、連携しようという動きはあっても、これまでは難しい場面もありました」(森田)

その壁を越えるきっかけは、サステナブルスターのチームから生まれました。BASを届けたい中規模ビルを、自分たちのお客さまはどれだけ保有しているのか。松田がチームメンバーの出﨑に調査してもらったところ、対象となる物件は約1,600棟にのぼりました。

左から出﨑、松田、森田

「調べてみたら、私たちのお客さまの中に、BASを必要としている方がこれだけいました。早速、プロジェクトとして始動し、まずはお客さまの声を聞きに行こうと決めました」(松田)

その時期は5月から6月。お客さまにとってはESG報告で一年のうち最も忙しい時期でした。しかし、出﨑が構築したカスタマーサクセスの丁寧な取り組みによって、ユーザーと良好な信頼関係が築かれていたため、「君たちからの声かけだから、繁忙期でも会おうと思う」と、多くのお客さまが快く応えてくれました。

確かな手応えを得た松田と出﨑は、わずか1カ月で約60社を訪ねます。

「最初の1週間で10社ほどにお会いしたら、反応がすべて同じでした。『中央監視システムの更新費用に困っている。でも、それが当たり前になっていて、切り替えるという発想自体がなかった。自分たちでは解決できなかった課題に、東京ガスから新たな選択肢を提案してくれたことに価値がある。やはりあなたたちと会ってよかった』と言っていただきました」(松田)

BASチームにとって、この連携は新しい扉を開くものでした。

「短期間でたくさんの案件をいただいて、本当にありがたかったです。しかも、複数のビルをお持ちの会社がほとんど。一棟目で効果を実感いただければ、同じ課題を抱える別の物件にも展開できる。連携の将来性を強く感じています」(森田)

組織の壁を越える「傘」と、お客さまのかかりつけ医

一つの課題を解決して終わりではなく、その次、さらに次の課題を捉え、必要な解決策につなげ続ける。お客さまの価値向上に貢献しながら、東京ガスグループの新しい事業も育っていく。今回の連携は、IGNITUREが目指すこの好循環を、そのまま形にしたものでした。

そしてこの「IGNITURE」というブランドは、社内にも変化をもたらしました。
「『IGNITURE』という傘ができて、お客さまの課題を解決していく、という共通のマインドが社内に生まれました。部署を越えて連携することが、ものすごくやりやすくなったと感じています」(森田)

一つの課題を解いた先で、次の課題にも応える。その積み重ねの先に、松田はこんな姿を描いています。

「理想は、『かかりつけ医』のような存在です。お客さまにとって一番のストレスは、困ったときにどこへ相談すればいいかわからないこと。『東京ガスのあの人に聞けば何とかしてくれる』と思っていただけるところまで、信頼関係を築いていきたいですね」(松田)

環境データの見える化を起点に、設備運用という次の課題へ。一見別々に見える課題も、お客さまとの継続的な接点を通じて捉えることで、必要な解決策へとつなげていきました。

部門の壁を越えてソリューションを重ねながら、IGNITUREはこれからも、お客さまのそばで歩み続けます。

※記事中の人物の所属は取材時点のものです。

●IGNITURE

ソリューション事業ブランド「IGNITURE」に関しての詳細はこちらからご確認いただけます。

●ソリューションのご紹介
サステナブルスター | 東京ガス・TGES
ビル監視向け統合パッケージ | 東京ガス | JoyWatcherSuiteBA

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