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環境コラム
UPDATE:2005.7.20
写真:佐藤孝子
佐藤  孝子
(さとう  たかこ)
プロフィール
1961年 東京生まれ。立教大学大学院理学研究科化学専攻修士過程修了

1987年 学習研究社に入社。植物工学研究所に研究員として所属

1992年 同研究所閉鎖をきっかけに、海洋科学技術センター(現独立行政法人海洋研究開発機構)深海環境プログラムに研究員として参加

2002年 同センター海洋生態・環境研究部(現極限環境生物圏研究センター、海洋生態・環境研究プログラム)のサブリーダーに。現在に至る。

独立行政法人
海洋研究開発機構

海洋開発機構では、公開セミナーやシンポジウム、スクールなどのイベントを開催しています。団体や個人向けの見学ツアーも受け付けていますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

お問い合わせ先:
普及・広報課
担当/三上
TEL 046-867-9069
またはホームページまで
しんかいの神秘のベールをかいま見る

深海って、どんなとこ?

  私には、深海の話をする時に必ず使う前振りがある。
「地球の表面積の70%以上は海洋なのです。陸地はたったの30%に過ぎません」。
  最初にちょっとびっくり、である。自分もこの仕事を始めるまでは、地図など眺めていても、漠然と「陸地と海洋は半々くらいかしら」と思っていた。海外旅行などで世界地図が必要になる時は、たいてい陸地の用事だから、無意識に海洋は見ていなかったと思う。しかし、地球の7割を占める海洋の、その体積を考えたとき、差は歴然となるのだ。
「そして、深海の定義を1000mより深い海洋とすると、その体積(生物圏)は地球上全体の実に79%になります。陸上はたったの1%に過ぎないのです!」。
  例の「トリビアの泉」であれば、「へ〜」が連発されるところだろう。陸地では生物が平面的に生息するが、海洋空間は、大きく3次元の広がりを持つのだ。地球上を代表する生物圏といってもよい「深海」・・・。でも、その実像は固くベールの奥に隠されている。
  想像してみて欲しい。なんといっても、深海の特徴は、暗黒、低温、そして非常に高い水圧だ。世界最深部のマリアナ海溝、チャレンジャー海淵は、約11,000mの深度であり、現場は実に1,100気圧にもなる。陸上に適応した我々が訪れ、この目で実際に深海の世界を観察するには、なんといっても高水圧に耐える装備が必須なのである。そのミッションが困難なことは、有人宇宙飛行と変わらないかもしれない。

しんかい6500の写真

日本が誇る世界最深の有人潜水船、しんかい6500

  幸いにして日本は、アメリカやフランスを始め、世界中のどこよりも深く人間が海に潜ることのできる潜水調査船(いわゆる潜水艦ですね)を持っている。「しんかい6500」と名付けられたその船は、6,500mの深さまで3人の人間を1気圧で潜らせることが可能だ。NHKの「プロジェクトX」にも登場した、チタン製の耐圧殻がそれを可能にしてくれた。そこに、アクリル製の分厚い窓が付いており、最深度の6,500mでは650気圧に耐えて、人間を守ってくれる。これを使わせてもらい、深海の世界を観察し、その極限環境に適応した特殊な生き物(目に見えない微生物まで)をサンプリングして無事陸上まで持ち帰り、その性質を調べるのが私の仕事である。
  実は、ごく最近も潜航調査を行ってきたばかりのところだ。2005年の6月18日、「しんかい6500」での通算884回目となる潜航。梅雨前線による低気圧で、海上のうねりは多少あるものの、無事潜航開始された。四国の室戸沖、深度約3,300mの海底で、周囲の海水温度は1.5度。もちろん潜水船の照明を点けるまでは真っ暗闇である。いや、正確には、深度300mを過ぎたあたりから、窓の外は真っ暗になるかわりに、青白い蛍光を放ついわゆる“マリンスノー”が海底まで見え続けるので、真の闇ではない。

チューブワーム
鹿児島湾内に生息するチューブワーム

  30分ほど南に航走し、シロウリガイ群集を発見。この貝は、チューブワームと並んで深海に特有の生物である。「化学合成共生生物」と呼ばれ、体内に共生させたバクテリアが作った有機物を供給してもらって生きる、巧妙なシステムを持っている。太陽の光が届かないゆえに、陸上では植物が果たす役割を深海ではバクテリアが担っているのだ。つまり、我々人間でいえば、体内に植物が埋め込まれていて、食べなくても光があれば生きていけるような仕組みなのである。まったく奇妙な生物が地球上にはいるものだ!しかし、実は1970年代の終わりにガラパゴス沖で発見されるまで、この生物群は全く知られていなかった。

そしてまだまだ未踏の深海

  パイロットは櫻井さん、千田さんのチーム。幸いにして、歴代のしんかいのパイロットには、技術的にも人間的にも信頼できるたのもしい人ばかりだ。さっそくお願いして貝などの採取を始める。
  330気圧の世界では、手を伸ばして採るわけにはいかないので、特殊なサンプリングの装置が開発されており、船の中からマニピュレータ等を操作する。熟練を必要とする作業が多く、深海研究は彼等を含めた潜航チーム、そして潜水船を安全に正確に運航するための母船の船長を始めとしたクルーの方々、実に多くの人々の苦労の結晶なのである。

ビールの空き缶
3,300mの海底に沈むビールの空き缶

  窓の前を、大きくて細長い身体の魚が通り過ぎる。船内から写真を必死に撮る。その場では小さくて何の生物か判別しにくいから、後で見直そうと写真を撮っても、ビールの空き缶しか映っていないことが今回も2度あった。3,300mの海底でも、我々がポイ捨てしたバドワイザーやハイネケンの缶が沈んでいたりするのだ。
  船内外のカメラの他、船外ビデオを操作したりと、研究者もまた忙しい。しばらくして必要なサンプル採取を終え、さらに新たなサンプルを求めて航走する。潜水船の窓から見える景色は、せいぜい半径10m以内だろう。あ、きれいな色の大輪のイソギンチャクが!と、窓から遠いところに珍しい生物が見えても写真も撮れないので、目で見た記述しか残せない。 限られた潜水時間(今回は4時間半海底に滞在)では、広い海底に短く細い線を一本書いているようなもので、陸上を飛行機などで俯瞰  しながら大体の風景を把握するような、面的な記録は現時点ではほぼ不可能なのだ。
かくして地球上の生物圏の大部分を占める深海は、そのほとんどが未踏のまま、未来の来訪者をひっそりと待ち続けている。

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