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環境コラム
UPDATE:2004.03.09

写真:石川牧子
石川牧子
(いしかわ まきこ)
プロフィール
昭和24年、山形県鶴岡市生まれ。
昭和45年東京女子大学短期大学部英語科卒業と同時に日本テレビにアナウンサーとして入社。以来、担当した主な番組をあげると、「野球教室」のアシスタントをはじめ、「元祖ドッキリカメラ」「日本民謡大賞」「アメリカ横断ウルトラクイズ」「全日本人文字コンテスト」等の司会、「ジャストニュース」キャスター「横浜国際女子駅伝」「新体操」「実戦ゲートボール」等の実況を担当。
その間、アフガニスタン女性難民の取材に、西側で初めて成功。
1991年世界陸上東京大会では、「女子10キロ競歩」の実況も担当。
1996ー97年アナウンス副部長
1997ー2001年5月までアナウンス部長を務める
2001年6月1日から(株)日本テレビエンタープライズ取締役、アナウンスカレッジ学長となる。

フリージア イエローウィスパーの名付け親
日本ゲートボール連合理事
敬愛大学非常勤講師
仙台大学客員教授
拓殖大学客員教授

--- 主な著書 ---
『緑のハイヒール』(日本テレビ出版)
『実況』(創拓社)
『お母ちゃんが起きられなくなった』(音羽出版)
『先生,切ってください!』(音羽出版)
『言葉って、生きているから面白い』(ワニブックス)
タイトル(環境を考える!〜今、話し言葉が危ない〜)
 日本語が乱れていると言われて久しい。『ら抜き言葉』(テレビ見れる!)は勿論、『じゃないですか言葉』(私ってコーヒー嫌いじゃないですか!)、『とか弁』(コーヒーとかお飲みになります?)、『方弁』(お客様、お名前の方は?)や、その他、レストランで食べ物を注文し運ばれてきた時、「こちらがスープになります」とウェイトレスさんが話す『になります言葉』等。おや、おかしいなーと感じる言葉遣いがどんどん多くなっている。加えて、きちんと話しが出来ない若者が増えているのでは・・・・と感じているのは私だけだろうか。

日常言語を簡略化する若者たち
 日常言葉を簡略にしてしまうのは、かつては芸能・音楽関係者だったが、いまではすっかり若者の専売特許となった。つい先日も、「しゅうかつ」「めんたつ」「かこもん」なる妙な言葉に、えっ!と問い返してしまった。「就職活動」に「面接の達人」に「過去の問題」なのだと言う。
 昨年のお正月は「あけおめ。ことよろ」を実によく聞いた気がする。「明けましておめでとう。今年もよろしく」の略語なのだが、それを知った泣く子も黙る元警視庁捜査一課長、田宮榮一さんは、一年経った今年のお正月に、なんと「あけおめ。ことよろ」と嬉しそうな顔をして挨拶してくださった。強面で知られる田宮さんの可愛らしかった事といったら・・・。若者の遣う言葉が新鮮だったに違いない。だが、一年前に流行った言葉は、今年私の周辺ではほとんど聞くことがなかった。最早流行遅れなのだ。若者の言葉遊びは、所詮そんな程度のファッションにすぎず、目くじらをたてることではないのかもしれないが、でも私はそう楽観出来るものではないと思っている。


仲間以外の人々との接触が少ないから、言葉が失われる
 ある大学で就職活動に役立てばと、模擬面接セミナーが行なわれ、私も面接員の一人として参加することとなった。多分面接で質問されるであろういくつかの事柄を想定し、学生相手に面接を行なった。一通りすんだところで、質問はないかと問うてみると、男子学生が一人手を挙げた。「どうして知らない人に、自分の事をいろいろ話さなければならないのですか?」一瞬プライバシーの侵害だとでも言いたいのかなと不安がよぎったが、その学生は素直に疑問に感じたという。現代の若者は親しい友人や仲間同士の会話が四六時中なのだ。年代の異なった人、職業の違う人々、様々な体験をしている人との接触が、思いのほか薄いのである。仲間だから略語も通用するし、ボキャブラリーも少なくて済む。でも、"社会"とは、知らない人と出会い会話し、コミュニケーションを図る事なのである。
 アメリカ・イギリスでは幼い頃から、社会においても家庭の中でも、言葉を交わす大切さを徹底的に叩き込まれる。人と人の交わりは"言葉"であり、"言葉"を通して社会の仕組みやルール、人間としてのマナーを学んで成長していくものなのだ。コンピューター時代に入り、家に帰ればインターネットに取り組み、時にゲームに興じ、携帯電話を絶えず持ち歩く生活からは、"言葉"が失われ、きちんとした話しが無用となるのである。
 言葉が貧弱だと自分の思いすらしっかり伝える事は出来ない。そこからは真っ当な思考すら出来なくなるのではないだろうか?


話し言葉を良くする環境づくりに大切なのは・・・
 悪貨は良貨を駆逐する。『ら抜き言葉』は、残念ながらある程度の年齢に達した人達にも入り込んでしまっている。『じゃないですか言葉』も、『とか弁』も『方弁』も『になります言葉』もジワジワとおじさんおばさんに侵略しつつある。日々のことだけに周辺からの刷り込みは恐ろしい!私は、今、必死で抵抗している。"絶対にそんな言葉は遣わない"と。
 先日、東海道新幹線のグリーン車内で検札に来た女性乗務員のたっぷりした、アルトの良い声にハッとし、思わず顔を上げた。その女性が席に近づいた時、「あなたはとても良い声してますね」と伝えたところ、顔をクシャクシャにして喜んでいた。そんな事をしたのは三度目である。何処の誰かも知らないおばさんに誉められて薄気味悪いかもしれないが、多分その人達は、その後自分の声、話し方に一層の意識を傾けるだろう。日常何気なく遣っている言葉や声(音)に目を向ける・・・・・こうした姿勢、雰囲気作りが、話し言葉を良くする環境作りには大切なのだと思う。
 日本人はもっとコミュニケーションに励む方が、人間関係を豊かにし、心が充実すると思うのだが・・・・・。
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